2016年05月31日

さらば少年の日の思い出・・・の続き。

2016年5月11日(水)付の「さらば少年の日の思い出」で頂いたコメントに返事を書くうちに、自分の話がトンチンカンになってきたので、ブログ記事にまとめてみることにした。

小金井さんから頂いた「(行きつけのお店に)頑張って営業して欲しいものです」というコメントに返事を書いているうちに、私自身の行動にすごい矛盾があることに気が付いた。

そもそも「懐かしい店が消えてしまう」などと嘆いているにも関わらず、ネット通販で模型買っている私は何なんだ?
だったらそのお店で買ってあげればよかったじゃないか。となる。
とはいえ、自分はこのお店が長く続くように買い続けた。だけど努力の甲斐虚しく閉店になった。なんていうのもおかしな話だ。事実そうだとしても思い上がりも甚だしい。
少なからず赤貧の私は1円でも安く模型や材料を手に入れたい。しかも送料(足代)無料。模型に限らず、どんな物でも、特に毎日の家計をやりくりする人達はそう考えるのが普通ではないのだろうか?
みんなで街の模型屋で買ってあげようなんて声高に叫ばれても、悪いが私は賛同出来ない。

そんな私が、ハッピーにいつまでも営業を続けて下さいなどというのはおかしな話だ。
(ちなみにハッピー閉店の理由は「定年退職」)
だが心に刻まれた大切な思い出の場所がいつまでも残っていて欲しいと願うのも本当だ。
ならばきれい事抜きでせめて今できるとことは、模型が大好きという遺伝子を後世に残すために(子供に模型趣味を継がせろという意味ではなく)、私達が模型を楽しめば良いんじゃないかと思う。
大切な思い出はそのままに、さらに新しい思い出を作っていく。「インサイドヘッド」みたいに(笑)。
私達模型好きの使命は、街の模型店の存続ではなく、私達が模型を楽しめる世界の存続だ。
積んでもいい。素組でもいい。完成させればなおいい。
とにかく模型を楽しめばいい。
そうすれば模型は滅ばない。思い出はまた新たに作れる。
いささか強引か。( ̄△ ̄;)

人それぞれ模型の思い出は違うだろうが、思い出をたくさん作れば作る程、模型は活気づく。きっと後世に受け継がれて残っていくと思う。

改め思った。ハッピーよ。思い出をありがとう。
これからも自分なりのやり方で思い出を作っていく。
ほんのちょっと、ほんのちょっとだけれども、ガレージキットイベントでみんなに思い出を作ってあげられる立場にいることがうれしい。
やっぱりハッピーのおかげだ。(笑)

最後にTwitterの情報だが、ホビーショップハッピーは閉店せずまだ営業を続けているらしい。
大いに結構ヽ(゚∀゚)ノ
気楽に続けられるところまで続けて欲しい。
posted by SOY-YA!! at 10:44| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2016年05月29日

電撃ホビーWEB連載〈ドメラーズIII世〉を作る。最終回です。ヽ(゚∀゚)ノ

約1ヶ月に渡って電撃ホビーWEBに掲載して頂きました「着陸脚をスクラッチ!〈ドメラーズIII世〉を艦艇精密機械画集のディテールで作る」は、本日14時のアップが最終回となります。
皆様、ありがとうございました。m(_ _)m
最終回は「塗装とディオラマベース」。ちょっと画像多めの盛りだくさん内容です。
ぜひぜひ最後までご覧頂ければ幸いです。
実は電撃ホビーWEBの他ページに比べて、ダントツにアクセス数少ないそうです。(´・ω・`)
皆様、ページを開いて頂くだけでも結構なのでアクセスして下さいませ。m(_ _)m

で。早くも作例も帰ってまいりました。もう置くとこないよ。(´・ω・`)
IMG_8001.JPG
いい機会なので、過去作の1/1000ゼルグート級一等航宙戦闘艦〈デウスーラI世〉、1/1000特一等航宙戦闘艦〈デウスーラII世〉と。

〈ドメラーズIII世〉と〈デウスーラI世〉のディテール比較。
ディテール比較.png
〈デウスーラI世〉この辺はほぼストレート組です。こうしてみると〈ドメラーズIII世〉の方も大していじってませんね。(´・ω・`)

こちらはディオラマベース完成直後の画像。〈ドメラーズIII世〉は一足先に編集部(→先日行われた静岡ホビーショー)へ行ってるので、替わりに〈デウスーラI世〉が寄港してます。
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ベースの材木板に既製品サイズ(90×21センチ)を使ってる、お手軽なんちゃってディオラマなので、横幅が結構ギリギリだったりします。
↓著作権上、本当はこういうことしちゃいけないんだろうけど。
〈ドメラーズIII世〉プラットホーム.jpg
実際の映像も結構ギリギリですね。この4つのカットを参考にディオラマベース作りました。

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「艦隊集結」のテーマを流しながら、着陸シーンをブンドド。ヽ(゚∀゚)ノ

そして今回の最後には編集部より衝撃の一文が!!( ̄Д ̄;;
スクリーンショット 2016-05-19 10.18.42.png
こちらは直接ご覧になってお確かめ下さい!!

皆様。よろしくお願いいたします。m(_ _)m

2016年05月24日

心筋梗塞、その後

昨年の11月に心筋梗塞を起こしてから半年経った。

あ!! 電撃ホビーWEBで「着陸脚をスクラッチ!〈ドメラーズIII世〉を艦艇精密機械画集のディテールで作る」第3回まで絶賛公開中です。ヽ(゚∀゚)ノ 最終回は今しばらくお待ち下さいませ。m(_ _)m

当ブログはじめTwitterやイベントでは本当にたくさんの方からお気遣いのお言葉を頂いた。
本当にありがとうございます。m(_ _)m
で。あれから半年。

まず、このブログでは、いやブログに限らず心筋梗塞を起こした本当の理由をあまり人に話していない。
実はヘモグロビンa1c(Hba1c)、これは血糖値の1ヶ月の平均値を表すものだそうだが、これが心筋梗塞を起こした時、数値が11.1あった。最初に駆け込んだクリニックで真っ先に血液を採られ、先生に「立派な糖尿病です」といわれた。

すっかり馴染みになってしまった薬剤師さん曰く、このHba1cの値はよく人の体温に例えるそうだ。
Hba1cの平常値は検査結果表の基準値には4.6〜6.2%となっている。
私は心筋梗塞を起こしていた時に体温に例えるなら41.1度の熱を出していたことになる。これは糖尿病としては非常にまずい状態だ。
糖尿病というと、足を切断するとか、失明するとか、人工透析を受けるといったイメージが私にはあったが、心筋梗塞や脳梗塞も重大なリスクだった。

その後の心筋梗塞の経緯はこれまでのブログに書いた通りだが、生活はどう改めたか、これが今回の本題。
まず、成果から先に報告すると体重は11月時点で約69キロから58キロ前後に減量(身長165センチ)。Hba1cは11.1から6.1に下がった。自分でもびっくり。
ただ、この結果は(たった)半月間の入院で筋肉がだいぶ落ちた(太ももがとても細くなった)のと、血糖値を下げる薬の効果もあるかも知れないというのを加味しておく。

最初に改めたのは食事。とにかく血管が詰まらないようにコレステロールを減らす。血糖値が少しでも下がるように炭水化物の摂取を減らす。詳しく書くと長くなるので省くが「食べる楽しみのない生活なんて!」と思っていたが、案外すぐに慣れた。要は身体にあまりよくない物を減らして、身体にメリットのあるものを増やせば、いくら食べてもいいのだ。1日1600キロカロリーを目安にゆっくり噛んで食べれば不思議とあとで腹が空かない。さらに深夜に腹が減って夜食を食べなくても平気になった。あと食事は毎日3回必ず食べる。これが大事だった。
なお、大体1月に1回くらい、イベント前夜やお祝い事、それから妻の実家に行った時は思いっきりリミッターを外している。「あれは食べられない、これは食べられない」では相手が気を遣う。ピザも食べるしビールも飲む。それでも普段摂生(節制)していれば、少なからず私は大丈夫だった。

そして運動。
以前はイベント前や締切、DTPの仕事がたて込んでくると、2,3週間玄関から一歩も外に出ないという事があった。何しろ目的がないと外に出ない。
これを改めて、ほぼ毎日1時間、近所を歩くようにした。距離は関係ない。とにかく1時間。実際には3日に2日位の割合だが、一度Hba1cの値が下がってくると、一種の目標が出来て、今度は逆に毎日歩かないと落ち着かなくなる。数値が上がったらどうしようという強迫観念みたいのもある。
この先は気温が高くなるので外で運動するのが危険になるが、幸い近所の整骨院の先生や栄養士さんから、室内運動のやり方をご教授頂いたので、そちらにシフトしていくだろう。ちなみにドタドタした運動でなく、お年を召した方でも出来るゆっくりした運動だ。そんなのでいいのだ。

そんなこんなで今日この頃を過ごしているが、この先も病院通いは続いていく。
現在、循環器科(心筋梗塞)、皮膚科、内科(糖尿病)とそれぞれほぼ月一ペースで通ってる。いやもう毎月の薬代が大変なんだけどね。(´・ω・`) 
皮膚科って何?と思われるだろうが、実は数値が下がったにも関わらず糖尿病の野郎が免疫力の低下による皮膚疾患を残していきやがった。これが最近厄介になってきている。この経緯はまた機会があれば書きたい。

前にも書きましたがもう1回書きます。
「自分は大丈夫かな? ちょっと心配だな」と思っているあなた!!。m9っ`Д´)ビシッ
絶対、大丈夫じゃありません!! 取り返しの付かない病気になります!!
今すぐ検査を受けましょう! 生活改善しましょう!! ( ・`ω・´)=3

そして今回の私なりの1つの結論。
傷ついた(病んだ)身体は必ず治る。健康は取り戻せます!(´・ω・`)


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5月3日(火)付Twitterより
毎日1時間のお散歩ルート途中の“21世紀の森と広場”上にある陸橋から。高さ15〜20メートルくらい? おっかなくて欄干の側を歩けない。今日はGWで混んでる。3枚目は私が心筋梗塞で、某元野球選手が麻薬取締法違反で釈放後に入院した病院。
posted by SOY-YA!! at 14:29| Comment(2) | 心筋梗塞の話 | 更新情報をチェックする

2016年05月11日

さらば少年の日の思い出

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先月4月30日で千葉県習志野市実籾町にあるホビーショップハッピーが42年の歴史に幕を閉じた。
16年ぶりに訪れた私におばちゃん曰く「定年退職」だそうだ。
おばちゃん本当にお疲れ様でした。
お店を出て最初にして最後の写真を撮ると「ああ、こんなに小さなお店だったんだ」とつくづく思った。(作品展示場になっているこの場所は、私が通っていた頃はここが店舗だった)

今年の3月、2度目のカテーテル治療から帰ったすぐあと、モデルグラフィックス2016年5月号に突然閉店セールの広告が載った。イスから転げ落ちんばかりに驚いた。
2015年4月26日付で「ハッピーの思い出」という記事を書いて以来、いつかこの日が来るだろうと思っていたが本当にその日が、しかもこんなに早く来てしまった。

42年前というと恐らく小学校4年の時だ。親戚の家からの帰り道で車の窓から何やら胸ときめくお店を見たのが始まりだ。「次に来た時はこの店に絶対行ってみよう!」
初めてこの店で何を買ったのかは憶えていない。その小学4年の時に〈0テスター3号〉を買ったのは憶えている。もしかするとそれが最初かも知れない。
その他に強烈に印象が残っているキャラクターキットはゼンマイ〈宇宙戦艦ヤマト〉とゴッドバードに変形する腕の動かない〈勇者ライディーン〉だ。それとこの頃は意外にもスケール物をやたら買っていて、帆船模型なんかも頑張ってちゃんと糸を張って作っていた。
ある日おばちゃんがタダくれたレベルのカタログ(画像検索かけたら1975版だった)が凄く気に入って、毎晩のように布団の中でボロボロになるまで眺めた。
次はこれを買おう、アレを買おう。買ったプラモデルは今と違って素組でも必ず完成させていた。

ある日カウンターに、F-86たまごひこうき(たぶん)を改造した、たまご宇宙戦艦ヤマトや、大きいヤマト糊のチューブにヤマトのパーツをくっつけた宇宙戦艦ヤマトのりが飾っ(吊し)てあった。アレを作った方はきっといまだに私の様に「宇宙戦艦ヤマト2199」のキットがどうだとか「2202」はの新しいキットはどうだとかやってるんだろうな(笑)

好きなプラモデルやおもちゃを何でも買ってもらえてうらやましくて仕方なかった従兄弟が、ここで〈主力戦艦〉と〈宇宙空母〉のプラモデルを買って作っていたが、なぜかそれは全然うらやましくなかった。30数年後、私は1/700〈主力戦艦〉と〈宇宙空母〉のガレージキット原型を作る(笑)。

おばちゃんとの再会と最後の挨拶で、当時のお礼ともう一つ、滅多に使わない肩書きだが、名刺を渡して「プロモデラー」になったことを報告した。
今の自分の原点が全てこのお店にある。
さよならハッピー。欲しいプラモデルを探す夢の中でまた会おう。
posted by SOY-YA!! at 02:18| Comment(4) | 日記 | 更新情報をチェックする